白煙





ダイヤモンドは弾け
欠片は一面に飛び散り
朝日に照らされ孤独に煌めく

私には詩の才能があるのかも知れない。
そんな下らない思考を自ら鼻で笑う。
ビルの合間から冷えた空気を裂くように差し込む朝日が酷く目に沁みる。
冬の夜は一等暗く、そして冬の朝は一等眩しい。

微睡まどろみを忘れた夜を過ごし、1人さもしく微かに雪残るベランダで煙草の煙をくゆらせながら、脳味噌がどうやら順調に労働の義務を放棄しているらしい事を悟る。
ステンレスの欄干らんかんは、触れた指先から身震いする程に冷たく、思わず唇から漏れ出たのは煙か吐息か分からぬ白いそれ。

飛び出して行ったアイツを追わなかった事を後悔しているわけじゃない。
今からアイツの後を追おうと思っているわけじゃない。
ただ、アイツはいなくなった。
それだけだ。

あゝ、寒い。
別にわざわざそこはかとなく冷え切った外の世界にこの身を放り出さずとも良かったんだ。
煙草の匂いを嫌って私をベランダに追い立てる存在はいなくなったのだから。
ただなんだと言い訳をするのなら。
誰にともない言い訳をするのなら、日常に馴染んだ癖が抜けきらなかっただけだ。

左手から擦り抜けてコンクリートに落ちていた指輪を拾い上げる。
私の指にぴったりと嵌まっていた筈のそれは、いつの間にかサイズを変え、ふとした瞬間にあっさりとこぼれ落ちてしまうようになっていた。
何の意味も持たないそれをわざわざ直しに行く気も起きない。
それでも私はまた、拾い上げたそれを元の場所に落ち着かせる。
サイズの合わないそれは、かじかんで微かに震える指先でも容易そたやすく受け入れて、朝日を浴びてこれ見よがしに眩く光る。

階下は当たり前に訪れる日常に乗って次第に騒がしさを取り戻し始める。
温もりが恋しい。
芯まで冷え切った身体を微かにでも労ろうと二の腕を擦り上げるも、氷のような指先では何の意味もない。

すっかり冬だ。
アイツはもういない。
次からは部屋の中で吸おう。
そう心の内で小さな決意を固め、誰もいない部屋への扉に手を掛ける。
一眠りしてしまおう。
怠惰たいだな生活を送ろうと、部屋の中で煙草を吸おうと、文句を垂れる誰かはもう、いないんだ。





fin

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