森に生きる





人間ってすごいや。
お母さんや、物知りなミミズクのおじさんは人間は怖くて危ないものだって言うけど、全然そんな事ない。
あんなに大きくて、あんなにいっぱいいる。
自分の体よりも大きな大きな、あんなに大きな巣をいっぱい作って。
人間ってすごいや。

おじさんのお家はこの森で一番大きな木の上にあって、ボクはいつもそこから人間の街を眺めるんだ。
人間は自分より大きな、森では見かけないような、よく分からない生き物に乗って、兎より早く走るし、鳥のように空も飛べるんだって。
お母さんやおじさんは、絶対ダメって言うんだけど、ボクはいつか人間の街に行ってみたいんだ。
森の外にすら出た事がないけど、いつかボクが大人になったら行ってみたいんだ。

ある日、いつものようにおじさんの家に向かっていると、道端にフリージアの花が咲いてた。
凄く、凄く、綺麗に咲いてて、おじさんにプレゼントしようと、ごめんねって一言添えて一輪だけ摘み取っちゃった。

その時、突然、今まで聞いた事がないような爆音が鳴り響いた。
音のした方向から血相を変えた森の住民達が波のように押し寄せて来て、ボクは驚いてしまってその場に立ち尽くしてた。
詰んだばかりの花と一面に咲いていたフリージアはみんなに踏み潰されてぐちゃぐちゃになってしまって、それでもボクは立ち尽くすしか出来なくて。
悲鳴と怒声の中から不意にお母さんがボクを呼ぶ声が聞こえた気がした。
振り返ろうとしたその時、首元を掴まれ全身から力が抜ける。
お母さんだ。
お母さんはボクが小さい頃していたように、ボクの首元を咥えて波の流れに乗って駆けて行く。

お母さん、お母さん!
どしたの?なにがあったの?
みんなどこへ行くの?

お母さんはボクを咥えているせいで話せないけれど、とても慌てていた。
前だけを見つめる瞳はどこか怯えているようで、なにが起きているのかは分からなかったけれど、ボクも何だか怖くなってしまった。
二度目の爆音は思ったよりも近くで聞こえた。
一生懸命走るお母さんの背中越しに音のする方向を見ると、木が倒れていて、その向こうに人間がいた。

人間ってすごいや。
ボクは落葉を拾い集めるだけで精一杯なのに、人間は大木でも簡単に斬り倒してしまうんだ。
あの手に持ったよく分からない物は、大きな音がして少し怖いけど。
さっきからあちこちで聞こえる爆音は、人間の奏でる音だったんだ。
やっぱり人間ってすごいや。
ボクが目を輝かせていると、何本目か分からない人間の斬り倒した木がボクらを襲った。
お母さん、危ない!
そう叫ぶ間もなくボクの体は放り出され、地面に打ち付けられた。
舞い上がる砂煙が視界を奪う。
痛くて、何も見えなくて、痛くて、ボクはひたすらお母さんを呼んだ。

お母さん!お母さん!
お母さん!どこなの?お母さん!

森中に鳴り響く轟音が少しずつ遠ざかり、視界が明るさを取り戻した頃、ボクはようやくお母さんを見つけた。

お母さんっ!

そう叫んで駆け寄ると倒れた木の陰から、お母さんの顔と前脚が見えた。
顔と、前脚だけが見えた。
顔と、前脚だけしか見えなかった。

お母さん?お母さん…?
ねぇ…お母さん?

どれだけ呼んでも、お母さんはピクリともしなかった。
どれだけ前脚を揺すっても、目は固く閉じられたままだった。
何が起きたか分からなくて、ボクはただひたすら、弱々しくお母さんの名前を呼び、次第に熱を失っていく前脚を揺すっていた。
どうすればお母さんは起きてくれるんだろう?
どうすれば…

そうだ、物知りなミミズクのおじさんに聞きに行こう。
おじさんならきっと、お母さんを起こす方法を知ってるはず。
ボクは一目散に駆け出した。
おじさんの家に向かういつもの道は、あちこち木が倒されていて知らない道みたいだったけど、
おじさんの家が近付くにつれて大きくなる人間の音が怖かったけど、ボクは一生懸命脚を動かした。
おじさんの家の前には沢山の人間がいた。
おじさんの家がある森一番の大木を囲んでそれぞれが爆音を奏でていて、ボクの耳は爆発してしまいそうだった。

ねぇ、まって?
その木はおじさんのお家なんだよ?
ねぇ、やめて?

ここに来るまでに、友達の家も、従兄弟の家も、知らないひとの家も、いっぱいいっぱい倒されてた。
おじさんはもう逃げたのかな?

ねぇ、どうしてそんなことをするの?
ねぇ、やめて!!

ボクの声は大木を削って蝕んでいく音にかき消されてどこにも届かなかった。
人間ってすごいや。
すごい。
お母さんやおじさんの言う通りだった。
人間ってすごい。
すごい、怖いものだったんだ。



fin

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